
「崩落はクセになる」
記録と情報はそれぐらいしかなかった。
セブンイレブン 身延下山店に600、もう少し早くてもいい気がしたが、普段通りの時間に集合。
大系にも特に滝の登攀の記述はないので、ギアも最小限しか持たなかった。
山〇魂の記録は1100頃大ガレ基部に達しており、異常に速い。
ずっと高巻いて、ガレをスタスタ歩いて終わりかな~。
しかし、赤色立体図では黒々としたものが渦巻いており、悪い予感がした。
700に駐車場を出発。
すぐに巨大な堰堤群が現れ、次々にそれらを乗り、越える。
いま想う、それらは七面山から流れ出てくる大量の土砂を停めるために造られたのだ。



いくつか小滝を越え、8m滝(右凹角が登攀可能(V-))で、初めてロープを出した。
フォローだったがフットホールドも甘く、よく丸山は普通にリードしたなと思った。
直後に出てくる8m滝が直登困難だったので、右壁のコーナーからリードして巻くことにしたが、これが悪かった。
すべての岩が脆く崩れていき、コーナーにプッシュしながら時間をかけた。
背中に押し当てたワークマンの雨具が、ビリビリと岩角にひっかかって破れていった。
カムを決めたら、クラックが崩壊して抜けた。
再度別のクラックでA1したが、足に体重を完全に乗せないようにした。
最後はコーナーから出て、右側のカンテをトラバース気味に登る。
フォローのビレイ中、二回ほどテンションがかかった。
最初のガバが抜けて落ち、その上のカムもA1したら抜けたらしい。
どうしようもないな、、という表情をする丸山は、いつも沢は校庭のようにしている彼にしては珍しかった。





今度はフォローで、自分が沢の登攀で初めて、しかも2回も落ちた。
巻きを終えてすぐに懸垂下降して沢床に戻り、4mCS滝(左から登ってボルダー5級程度(?)。
ムーブが見いだせず、思いっきりカチったら、そのカチが勢いよくとれた。
腰がらみでお助け紐を出してもらっていていたが、60㎝ほど落ちて、そこで止まった。
一瞬の無重力状態はトラウマになる。
丸山は体ごともっていかれ、ハーケンでとったセルフで停止したらしい。
よくあの状況できちんとセルフを取っていたと感心するが、なければ落ち方によっては二人ともレスキューだったかも。
体重差、ロープのゆるみもあったかもだが、壁がバーチカルだったので、勢いよく落ちてしまった。

その後、大滝が連続し、巻く。
奥多摩あたりと比べると、なかなかこの規模は珍しい。
1020m附近のそれは大滝登攀の部類に入り、一日がかりと予想された。





左から1:4程度の比較的大きい支流が入るとまた滝が続き、2段10m滝。
自分は巻き道を探り右壁のルンゼを少し登るが、上部が良くなかったので戻る。
滝は上から見下ろすと迫力がありビビったが、丸山が左のカンテに取りつき、シャワーを浴びながら見事に登ってしまった。



つづく、最大の2段40m+30mの連瀑。
一瞬で巻き決定、大ハングが描くヒョングリに畏怖さえ覚える。
右岸からの巻きはかなり困難と予想したので、左岸のガレをとりあえず登っていく。
最初から小石が上から降りかかってきて、いい予感はなかったが、どんどん斜度は増してきて、岩と土はマスマス、ボロボロ崩れるようになった。
岩というか石は、すべからく崩落斜面に「乗っているだけ」であり、土は踏むとサラサラ砂時計のように流れていった。
中腹で、斜面がすべり、1mほど落ちた。
加速がつく前に、地面にへばりつき、ハンマーを地面にぶっ刺した。
沢登りにきているのに、なんだか雪山みたいだ。
冬は素人に毛が生えたようなものだが、一通り経験しといてよかった。
上部になると、土壁を蹴りまくり、フットステップを作った。
手は常にプッシュし、体重を分散してどこが崩れてもリカバーできるようにした。




最後は丸山にメインロープを投げてもらい、確保してもらう。
最初からロープを引いていくべきだったと思う、リスクを冒すのは先行者だけでいい、とチームの連携を後悔したが、こういった状況ではまず一人でも生きて帰る覚悟も必要だ。
振り返ると富士山がいて、恐怖心と背景の美しさが記憶の中で相殺されている。


その後も大ガレのナナイタガレと続き、自分のペースはあがらなかった。
先行がつねに小規模の落石を誘発するので、同じラインを選べなかったのも言い訳。
慣れの問題だと丸山は言ったが、傾斜が45度もなくても、滑って加速がついたら、下まで止まらない気がする。
時間がかかるし、先行が登攀中は登りにくいので、最後はまたロープを引いていってもらった。
丸山は平気なのか、自分はそろそろ足を洗うかと思っていたら、
「えー、これは百回行ったら一回は死にますねぇ。」
と冷静に語っていたのが草だった。
沢人生の中でも、もっとも悪絶な一つとのこと。


七面山山頂についたのは1700。
ヘッデン確定で、運営に先に連絡をいれる彼は、不機嫌をポーカーフェイスの中に隠し、最後はスタスタいつものように先に下山して、車をまわしてくれた。
下りはじめて、すぐに膝が痛くなった。
「修行走」というトレラン大会にも使われるその単調な参道は膝にきたが、それ以前に、稜線までの疲労に原因があったのだろう。
翌日も痛みが引かないまま、同調圧力のままに、東沢渓谷の東のナメ沢に突っ込むことなった。
ラインを間違えて不可能系スラブで足を滑らし、大怪我するところだった。
鶏冠山からの下山時、倒木を杖にしたら、ものすごく楽だった。
前日にそうしていれば、ずいぶん楽だったろうが、知識としてあることが現場で出せないのは経験か。


いつも計画に便乗し、あまり下調べをしないことを後悔し、2300頃甲府に帰宅して寝る前、記録を読み直してみた。
「ここに至る道のりは楽ではなかった。」
ちゃんと一行書いてあった。
「身延山七面山」
ここはいまも日蓮宗の総本山の鬼面を守護し、鎌倉時代から続く宗教行事が連綿と続いている。
4年前にあるセミナーで久遠寺の朝のお勤めに参加したが、金色の法具が垂れさがる伽藍の下で参拝者が集う様は荘厳だった。
七面山山頂に鎮座する敬慎院はとても立派で、どうやって持ってきたのか、何故か軽トラまであった。


古来から人は、修行する。
オンラインプログラミングスクールに参加すれば、JavaScriptが書けて就職につながるかもだが、修行というものは何の実利ももたらさず、ただただ苦しい、こともある。
お釈迦様はそれを否定したらしいが、宗教に限った話ではなく、喜びを得る場合、苦痛や忍耐、努力が伴う場合は多い。
安易にそれを得ようとすると、誰かさんみたいに酒を飲み過ぎて病院に叩き込まれたりする。
脳がそのようにプログラムされているとして、神様を前提とするかは置いても、何故そのように造られているのだろう。
そう考えると登山というものは、山岳信仰を抜きにしても、どこかで宗教的な人間の本質と繋がっており、自分たちもその一端を担っている。
役小角のように筋斗雲に乗れなくても、空中浮遊できなくても、もうシシ神様に会えないとわかっていても、いつも人は何かを希求している。
後日談だが、その数週間後、オンライン例会で丸山のテーマ発表があった。
毎週末行くの沢の選択を、自分の行きたい沢でなく、同行メンバーによって決めているということが、会員一同意外、というか新鮮だった。
去年の一連の沢、また先のGWの紀伊半島の沢も、ときどき走馬灯が走った。
「死んでもいいセル」に入っていることは間違いないが、毎回自分をプッシュできることで目標に近くなるし、声がかかるのは素直に嬉しいので、もうちょっと沢に行ってみよう。
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